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一橋大学を卒業した;休息について

2019/03/30

一橋大学を卒業した。来年度からは東工大の大学院に行く。

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夜空を見上げるとつい星座を探してしまうように、生活を振り返るとどうも強烈な光景ばかり省みてしまうことがある。ところが、この4年間に何があったんだっけとよく考えてみれば、素晴らしいと思える瞬間は意外な頻度で発生していたように感じる。それでも思い出せるのは体験のほんの一部でしかない。とはいえ、仮に全てを記憶することができたとしても、思い出されることで初めて意味を持つものこそが記憶だと思う。だから書こう。記憶はやがて平和になる。

例えば、駅から駅まで、電車に乗らず歩いたことがある。中央線に沿う道は定規で引いたようにまっすぐで、曲がり道はない。地形上、その道は風が強く吹き、時折寂しさを感じさせる。夕焼けがセンチメンタルの象徴になったのはいつだろうか。道すがら、先週読んだ本の話がされる。およそ人が殺される小説の話だ。通過する電車の騒音によって、会話は掻き消され、中断される。一回目と二回目で表現を変える行為がこそばゆい。立体交差線が太陽光を遮断する。子供がふざけながら影を踏み抜く。既に我々から集団下校や秘密基地は失われている。とにかく自分はチェスターコートの襟を立てながら本の話をして、そこで初めて触れた作家や考え方があった。これは間違いなく素晴らしい光景だったと感じる。

この両手が命の間に救えるものは少ない。平成が終わる間際に思うのは、知識が現実化するスピードがどんどん加速していることだ。元号が変わることも、東京オリンピックが開催されることも、震災も、かつては教科書で学ぶ対象だった。同期の就職や先輩の結婚や友人の死も同じだ。現実はいつだってカオスで、突然眼前に降下してくる。
現実がせわしないからこそ、自分たちは本気で剣を振り続ける。振るった剣を途中で止めることはできなくて、刃に触れるたび他人は傷つくし、こちらの手も痺れる。それでもまた刃を研ぎ、剣を振るう。斬れ味は日々の中で高まる。
世界に何らかの刀痕を残そうと懸命にもがいている人を見てから自身を見つめると切なくなる。過去の自分を思い出す。そう考えながらも、どうしようもなく駅を往復することばかりしている。ビデオゲームをしてみたり、一度読んだ本を再読してみたりして、一日を終える。アルバムを眺めて昔の自分に顔をしかめつつつも、旧友と連絡を取ったりする日もある。

剣を振り続けることそのものを目的化してしまうと、仕事と人格が一体化してしまう。これを人一倍恐ろしく感じている。こうなると、作曲家が音楽を純粋に楽しめなくなるように、ビジネスのコードが人間関係にまで侵入し、やがて腐食させる。そうなった彼らは「またいつか会おう」と言って別れていってしまう。

我々はどのように抗えるのだろうか。補助線として、以下のことを考えてみよう。私たちは言葉という剣を振るう。言葉は振るわれれば二度と取り消すことはできない。口は災いの元という諺は正しい。しかし、それでもずっと互いに仲直りしてきたからこそ、あなたには友人や恋人がいる。仲直りに必要だったことは何か。すなわち、彼らを彼らのまま思い出すために私たちが行うべきことは何か。ただひとつ。休息だ。

人はパンがなければ生きていけない。しかし、パンだけで生きるべきでもない。わたし達はパンだけでなく、バラも求めよう。生きることはバラで飾られねばならない。

國分功一郎『暇と退屈の倫理学』

余暇の語らいによって、物事が非線形な成長を遂げることもあると思う。そうした時間を削ってまで剣を振り続けろと宣言する者がいるならば、無視してやろう。インターネットが地球を覆った時代に剣を持ち続けるなんて、文化的じゃない。

モラトリアムを終えようとも、社会の波が大きかろうとも、意識的に人生にバラを添えたい。それは部室でギターを鳴らして歌ったように、安酒を片手に将来を考えたように、電話しながらプレゼンを詰めていったように。剣を握り続けることを強要する息苦しい現代において、真に私たちに寄り添うのは、休息の時間を共有する友人の温度なのだから。

私たちはずっと金曜日を繰り返し、適当な距離で思い出しながら進んでいく。

卒業式の兼松講堂

大学図書館の大閲覧室

大学図書館

部室からの景色

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