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『ここは今から倫理です』がおもしろい

2021/01/19

雨瀬シオリ『ここは今から倫理です』の漫画を一気買いした。おもしろかった。NHKでドラマをやっていて興味が湧き、試し読みもよかったので買った。NHKの触れ込みには「20代を中心に異例の人気を誇る雨瀬シオリの異色の学園コミック」と紹介されており、色々な意味で納得している。

倫理について、高校の授業は真面目に受けていなかったが、なぜか一橋大学の2次試験を倫理・政治経済で臨んだので知識はある。また、研究でもメディア論や政治学、情報社会論まわりのものは継続的に学んでいる。くわえて最近は、東洋哲学周りの趣味勉強が楽しい。そういうわけで、この本の内容はある意味で復習のようで、そういうこともあったねと思い返しながら読んでいる。原著はそういうのがかっこいいと思っていた時期にいくつか読んだ。

ところで、この本で最も感心したのは、倫理の授業の導入にある。

この授業で得た知識が役に立つ仕事はほぼ無い

この知識がよく役に立つ場面があるとすれば――死が近づいた時とか

……どうですか 別に知らなくてもいいけれど 知っておいた方がいい気はしませんか

(『ここは今から倫理です (1)』Kindle版 No.21-3)

東工大で文系まがいのことをやっているから殊更に、「文系的な研究は何の役に立つの」と訊かれることが多い(本当に)。この手の話はたまにTwitterなんかで話題になって適当に消化されるが、実際は研究費の獲得に直結する話なので、実は重要な問いかけである。

自分の領域は倫理といった人文系ではないため少々異なるが、この説明は説得的だと感じる。普遍的だけれど仄暗く淀んでいるものに焦点を当てて説明すると、急にアクチュアルさを帯びてくる。

自分が社会学を説明する際は、マルクス主義的なアクティビズムからはやや離れ、ウェーバー的な側面を念頭に置きながら「客観的な事実と人々の認識の両方を認めて観察する学問」と述べている。すなわち、「知らなくてはならないもの(Ex. 差別)」の指摘ではない。この点で上と共通している。

アクティビズムから離れているのは、ともすると抑圧の指摘に堕してしまう脅威を回避するためだ。それよりも、○○に連関してXXが起こっているという相関を記述することが求められると、個人的には考えている。このあたりに日頃から敏感になっておくと、「サスティナブル」、「エコロジー」、「SDGs」といった、万人が否定できず思考停止に陥るポジティブ一辺倒のアイデアを無邪気に表明しない訓練になると思う。

ちなみに、因果推論的(乱暴には統計学的)な思考から離れだしたのもウェーバー的な定義が関係している。社会は変数が多いので因果が特定できず、相関関係に留まることが多いためである。このあたりは話すと長い。

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いろいろ脱線したが、この本は、ある人からすれば人間の闇を照らす福音書のようであり、ある人からすれば一般的に無意味とされるものにいかに向き合うかを記した伝記のようである。オムニバス形式のストーリーもおもしろい。善人が持つ悪の要素といった、強烈な一貫性の薄さや人間の二面性を描写する点で、5年前のツイートを遡って炎上させる現代社会に楔を打ちこむかもしれない。

khosoda